東京高等裁判所 昭和28年(う)3424号 判決
被告人 馬場広武
〔抄 録〕
論旨第一点。
原判決挙示の証拠によれば、野村喜久男において、被告人に対し一月分の賃借料を含めた敷金五万円を支払い、昭和二十七年六月五日附建物賃貸借契約に基づき本件家屋全部を被告人から借り受け、その翌日以降その家屋全部の引渡を受け、これを占拠するに至つたこと、尤も、その事実上の使用は、同家八畳四畳半二間の畳、建具の修理中、これが二間を除く爾余の屋内に限られていたが、同月中旬、その修理が完了するに及んで、爾来これが二間も野村等家人において使用するようになつたことが明白に窺がい得られる。所論において、右修理代の支払なきかぎり野村において右二間はこれを使用できない特約であつたという趣旨の主張をしているが、所論に挙げている証拠のほか原判決挙示一切の証拠を綜合するときは、前示賃貸借契約の成立当時、被告人において右二間の畳、建具を急速に修理して使用せしむること、及びその修理代は修理後野村においてこれを支払う約束のあつたことは認め得られないわけではないが、所論言うが如き特約のあつたことはこれを確認するを得ないのみならず、苟くも、家族全員或一定の家屋に事実上居住して営んでいる平穩な生活は、何人においても、これを尊重しなければならないことは、直接には、個人の法益保障の上から、次いては、社会公共の治安の上から当然とするところであつて、たとえ、屋内の一部と雖も、居住者の意思に反して人の侵入を受けるときは、その生活の平穩の害さるべきことはまた洵に明らかなところであるから、その所為の、刑法第百三十条にいわゆる故なく人の住居に侵入したものとあるに該当するものと言わざるを得ない。今これを証拠によつて本件を見るのに、被告人は野村から前示修理代の即急の支払なきに憤慨し、前示八畳、四畳半の二間の使用を阻止するため、野村方を訪づれ、先づ、同家女中に対し単に便所を水洗便所に直すからと申し向け、同女中がこれを信用してその申出を許容し、同家裏木戸から邸内に入ることのできたのを奇貨として、予かじめ同行して数名の者と共に野村等同家家人の予想に反し、便所の在る場所には行かないで、矢庭に、全くその方向、位置を異にする八畳の間や四畳半の間に入り込み、同所に置いてあつた同家の箪笥等を勝手に運び出し、右二間の部屋内の壁約二坪を落し、八畳の間の床板約二坪を剥ぎ取るなどの狼籍に及んだものであることが明らかであつて、被告人等が当初、便所(原審検証調書の記載によれば、同家玄関東側に在り)を修理すると称し、同家女中の同意を得て同家邸内に入つたことに適法なものがあるにしてもその後家人の承諾がないのに拘わらず、故なく同家八畳の間や四畳半の間に入つた所為において、到底住居侵入の罪の成立あるを免かれない。所論は採用し難く論旨は理由がない。